第29回日本エイズ学会(東京)レポート

第29回日本エイズ学会学術集会・総会(以下、エイズ学会)が、2015年11月30日(月)~12月1日(火)の日程で、東京で開かれました。テーマは「予防、予防、予防 そして 予防」です。

全国各地で、HIVの感染予防、検査推進、治療支援などの取り組みが行われていますが、学会テーマ「予防」は、HIV感染を広げないための対策であり、HIV・AIDS対策の基本です。2015年7月に、従来のコンドームの使用とは異なる予防方法が、世界保健機関(WHO)から推奨勧告され、予防方法も進化しています。

私たちも学会に参加してきましたので、その様子をご紹介します。

 

最新の感染予防

HIV感染の前後から、ある程度の期間、抗HIV薬を服用すれば、感染を大幅に抑えられることがわかっており、この方法を医療従事者の針刺し事故などの対策として実施しており、PEP / PrEP(ペップ / プレップ)と呼んでいます。米国では医療従事者以外でもこの方法を実施できるようになり、既に効果を上げています。また、WHOがPrEPを推奨したことで、日本でも話題になりました。

PEP / PrEP(ペップ / プレップ)

PEP(ペップ、Post-Exposure Prophylaxis)とは、日本語では暴露後予防内服、つまり、感染の危険があってから感染予防を目的に抗HIV薬を服用することを指します。一方、PrEP (プレップ、Pre-Exposure Prophylaxis)は、曝露前予防内服。つまり、あらかじめ、抗HIV薬を服用してHIV感染を防ごうとする方法です。研究では、まだHIVに感染していない人に対して感染を抑える効果があると報告され、 米国での3年半超の実験では、新規感染者がひとりもでていないことが報告されています。

このように期待されるPrEPですが、

  • まだ100%感染を防げるとは言い切れない
  • HIV以外のクラミジアや淋病、梅毒などの性感染症には効果がなく、性感染症予防にはコンドームが必要
  • 上記のPrEPに対するの誤解
  • 一定期間、決まった時間に薬を服用し、薬効や副作用のコントロールが必要。
  • 薬の値段が1錠あたり約3000円と非常に高額
  • 現在、日本ではHIV感染者以外が正規にPrEPに使用する抗HIV薬を手に入れる方法がない。

といった問題があり、日本で導入するにはまだ時間がかかりそうです。

今回の学会では、全演題を見る限りではPrEP, PEPに関わる内容は思ったほど多くない印象です。また、聴講した「社会学」分野でもPEPに関する発表が1件あっただけで、現状ではPEP/PrEPは、国内ではまだ実施例が極端に少ない方法といえそうです。

つまり、私たちにとってはこれまで通りのコンドームを使用する予防行動が、依然として重要です。反面、PrEPの有効性や海外の事例などを注視しながら、どのように扱っていくのか検討を進める必要がありそうです。

「予防としての治療」とHIV検査

抗HIV薬を服用すると、HIV感染者の体内のウィルス量は減少します。ウイルス量が減少すると、他者に感染させる確率がかなり低くなることが確認されています 。つまり、HIV感染者の治療そのものがHIVの二次感染を防ぎ、予防対策につながるということです。この「予防としての治療」(Treatment as Prevention:T as P)は、抗HIV治療ガイドラインでも他者への感染のリスクを減少させるプラス要素としてすでに反映されています。

HIVは感染してからエイズ発症までの自覚症状がない期間が数年間と長期で、その間は、検査を受けなければHIVに感染しているかどうかは分かりません。また、すべての人が検査を受けているわけではないため、自ら気づいていないHIV感染者が存在し、知らないうちに他者に感染させてしまいます。

「予防としての治療」を成立させるためには、従来通り検査を促進することと、感染者がしっかりと治療を受けることが新規感染を減らすために重要です。医療者からも、感染確認、治療開始につながるHIV検査受検の推進の取り組みを後押しする声がきかれました 。

ふれんどりーKOBEでも街頭キャンペーン活動などで、検査の推進を行っており、各NPO・市民団体にとって、検査促進の必要性を評価されたことは大きな意味があったと感じます。

啓発活動は、その活動の効果測定を数値に表すこと自体が難しく、検査促進も一種の啓発活動ですが、データの信頼性の限界や 倫理的な問題もあり、数値的な評価が非常に困難です。数値的評価ができないことによる低評価や、公的支援が得られなくなると、活動の継続ができません。予防としての治療は、検査によるHIV感染有無の確認の上に成り立つ予防対策であり、リスク層に対するさまざまなサポートとともにひきつづき啓発活動を継続する必要があります。

陽性者支援

さてここからは、「社会学」での発表内容をふれんどりーKOBEの活動を交えながら、ご紹介します。

HIV治療は、生涯を通じて毎日決まった時間に薬をかかさず飲み、定期的に通院し、薬の副作用と付き合っていくことになるため治療の継続が困難な病気のひとつです。また、HIVに対する偏見や差別は根強いため感染の事実を身近な人と共有することも難しいといえます。HIVと向き合うには大きな不安が伴いますし、一般的な病気と違って情報源が限られます。そのため感染者(陽性者)を精神的・物理的に支援する仕組み作りが必要となります。

今回の発表でも、自助グループ発足やNPOによる対面相談に関する報告がありました。 石川 や新潟 といった「地方」のHIV治療の拠点病院においては、陽性者ミーティングが行われています。両拠点病院共に100名程度の患者が通院しており、そのうち10名程度が情報交換のためにミーティングへ参加しています。 「地方」では住民同士のつながりが深いため感染を隠して日常生活を送ることが難しく、陽性者の負担は都市部に比べ高いものと思われます。そのため当団体は活動拠点である神戸でも、陽性者支援につながる団体が必要と考えています。大阪に隣接する中規模都市として地方での実践内容は参考になるものです。 両発表ともに40代以上のMSM(Men Sex with Men, 男性と性行為をする男性)の参加が多く、また、女性の参加はありませんでした。このことから、若年層の陽性者に対する支援の需要やMSM以外の異性愛者・女性をどこまで・どうやって拾い上げるか、といった検討が支援団体立上げの前に必要と考えます。また、陽性者のエイジングといった問題と向き合う必要がでてきそうです。

次に、陽性者支援ニーズをNPOが実施する相談サービスを通して捉えた発表 では、HIV陽性であること以外に就労・メンタルヘルス・薬物依存・外国人・貧困といった相談内容が報告されていました。メンタルヘルスや薬物依存がHIVと重複する問題は、他の発表 でも少なからずあります。これは、陽性者支援を行うためにはその他の諸問題とも向き合わなければならない可能性があることを意味しています。当団体もHIV陽性者支援団体を立ち上げる際には、薬物依存や外国人・MSM以外をターゲットとした支援団体との連携が不可欠と考えています。