第33回日本エイズ学会(熊本)レポート

第33回日本エイズ学会学術集会・総会(以下、エイズ学会)が、2019年11月27日(水)~11月29日(金)の日程で、熊本で開かれました。テーマは「HIVサイエンス新時代」です。

参加してきましたので、その様子をご紹介します。

目次

  1. エイズ・HIVとは(おさらい)
  2. HIV検査法が変わります
  3. U=U 去年の学会登場から1年
  4. 90-90-90 1つ目の90達成のために我々ができることは何か
  5. 早期HIV治療のジレンマ
  6. さいごに

エイズ・HIVとは(おさらい)

エイズやHIVのことを初めて聞いた、あまり詳しく知らない皆さんも当然いらっしゃると考え、ここではどんなものか簡単にご説明します。

エイズ・HIV

エイズは、HIVと呼ばれるウィルス(以下、HIV)に感染し、発病する性感染症です。日本の多くの場合、HIVは、性行為で感染します。

ヒトには、免疫と呼んでいる、細菌やウイルス、異物が体内に侵入した際に、それを排除する仕組みがあります。免疫は、主に血液中の白血球のうち、いくつかの種類の細胞が連携して働くことで構成されていて、それらの細胞を免疫細胞と呼んでいます。
HIVは、粘膜や微細な傷口などから体内に侵入し、免疫細胞に入り込み、増殖します。この増殖する状態になったことを「感染」といっています。数年間かけ、免疫細胞を破壊しつつ増殖を続けます。感染した人は免疫が低下、肺炎など特徴的な疾患を発病し死に至ります。この疾患を発症した状態をエイズと呼んでいます。つまり、HIV感染→エイズ→死、ということになります。

  • 「エイズ」は病気の名前
  • 「HIV」はエイズの原因になるウイルスの名前
  • 日本の多くの場合、HIVは性行為で感染する

HIV検査

HIVの感染は、会社や学校の健康診断などではわからず、専門の血液検査をしなければわかりません。HIV感染の検査は病院や保健所で受けられ、特に保健所では無料・匿名で受けることができます。

HIVの検査は、2ステップあり、まず、「感染していない」ことを確定する、スクリーニング検査。そして、「感染していること」を確定する確認検査です。

スクリーニング検査では、確実に間違いなく「感染していない」ことはわかりますが、感染していると言い切れない、はっきりしない結果が出ることがあります。また、確認検査では、間違いなく「感染している」ことはわかるのですが、感染しいないとは言い切れない、はっきりしない結果が出ることもあります。
これらの特徴から、効率を考慮して現在の検査方法が確立されています。

HIV検査のステップ

HIV検査のステップ

従来の治療

現在では、抗HIV薬(=HIVの増殖を抑える薬)を服用し、エイズ発症を防止する治療が行われています。この抗HIV薬は、HIVの増殖を抑えることはできますが、殺ウイルス的な効果はないため、感染後に体内からHIVを完全に除去することはできません。

1日に1~2回程度の服薬が一般的で、これを生涯続ける必要があります。理由は2つあります。

一つは、感染したHIVは、活動と休眠(不活)の2つの状態をとりますが、抗HIV薬に殺ウイルス的効果がないため、休眠状態のウイルスには全く効果がありません。したがって、服薬をやめると、HIVは増殖を始め、やがてエイズを発症してしまいます。

もう一つは、HIVは高い適応力を持っていて、抗HIV薬が効かなくなること(=耐性を持つ)があります。そうなると、服薬していてもHIVが増殖し、エイズを発症します。耐性を持たせないためには、決められた回数決められた分量を確実に服用し続けることが最も有効な方法だからです。

  • 抗HIV薬の服用によりエイズ発症を抑える治療を生涯続ける必要がある
  • HIVに感染すると、いまのところ、体内から完全排除はできない
  • HIV感染は専門の検査を受けないとわからない

HIVに感染している人たち

HIVに感染している人の大半は、服薬しながら、普通に社会生活をしています。病状が安定していれば、服薬を除いて、感染前とほぼ変わらない生活が可能です。また、治療の経済的な負担について、公的支援を受けられるため、多い人でも¥3,000/月程度に収まっていると思われます。

一方で、HIVに感染していることを隠している人が多いのも事実です。あえて公表する必要がない、というのもそうですが、ネガティブな影響を恐れて公表したくない、という理由で隠していることのほうが多いのではないでしょうか。意外とみなさんの身近にいるかもしれません。

 

HIV確認検査がスピードアップ

従来の検査方法のスクリーニング検査は検査当日に結果が出ますが、確認検査は検査日から1週間程度で結果を確認できるようになります。そのため、スクリーニング検査で陽性結果が出た人は、確認検査の結果が分かるまで不安になる人もいます。

今回の学会で紹介された新しい検査試薬「ジーニアス」は、確認検査の結果を検査当日に出すことができます。つまり、ジーニアスを使用することでスクリーニング検査と確認検査の結果の両方を同日に知ることができます。これにより、従来の確認検査での結果が出るまでのストレスや不安の軽減につながります。

結果を知るまでの不安な期間が短くなることが好ましいのは言うまでもありませんが、確認検査が必要になったとき、その分検査時間が長くなります。例えば保健所に、友人2人でHIV検査を受けに来たとします。一方はスクリーニング検査で陰性となり検査が終了し、他方は陽性となり確認検査が必要となった場合、後者の検査時間だけが長くなることで、友人が結果を推測することができてしまいます。HIV検査はプライバシーにかかわる検査であるため、検査結果にかかわらず、周囲の人に検査結果を不用意に推測されないような工夫が必要であるという問題点も挙げられています。
(11/27 新しいHIV確認検査法を我々はどのように使用していくべきか)

 

U=U 発表から1年

U=Uの衝撃的な報告から、1年が経ちました。発表直後は「本当に?」「これが事実だとして、両手を上げて喜んでいいことなのか」「HIVのネガティブなイメージが改善されるのでは」など、様々な反応がありました。その後、どんなことが起こっているのか、U=Uの説明も含めて、レポートします。

U=U「HIVが検出できない状態の感染者から、性行為では感染しない」

U=Uとは「Undetectable equals Untransmittable(HIVが検出できない状態からは感染しない)」を略した言葉で「HIVに感染している人から、ウイルスが検出できない状態が6ヶ月以上続いていれば、性行為では他者へ感染させることはない。」ことを意味しています。ここでいうウイルスが検出できない状態とは、感染しているが、現在の検査方法で検出できないぐらい、極々微量のHIVウイルスが体内に存在している状態のことです。つまり、継続的に治療効果が得られている感染している人から、性行為では感染しないということです。

ただし、これは、感染経路を性行為に限定した話で、「母子感染」や「薬物利用における注射器使い回し」など、他の感染経路でも同様かは不明です。また、HIVの感染リスクはなくても、梅毒や淋病、クラミジアといった他の性感染症のリスクは従来と変わりません。

1年経過して、

U=Uの発表から、HIVに感染している人に対する、イメージの回復や、感染している人自身が感じているネガティブなプレッシャーの軽減など、HIVに対するイメージが改善されつつあるようです。HIVの死の恐怖とは別の恐さである、差別偏見が軽減される点では、HIVに感染している人や、感染しているかもしれないと不安に感じている人が、HIVに感染していることを受け入れやすくなったり、それが医療にアクセスしやすくなり、治療につながるのではと期待できます。

また、性行為によるHIVの感染リスクがなくなったことによる、性行動の変化もあるようです。自然妊娠の可能性なども模索されているようです。

一方で、治療効果が得られている人となかなか得られない人がいる点で、HIVに感染している人達の中でU=Uの状態かそうでないかという差が生まれてしまう懸念や、「感染リスクがない」に対する疑念が払しょくしきれない、U=Uという考え方がそもそも差別的だという意見もあるようです。

まだまだ進行中

私たちも発表当時は信じられませんでしたし、本当に驚きました。今回の学会では、その後、U=Uに対して皆さんがどのようなことを考えたり、それによる変化がどのようなものかを知ることが出来ました。

HIVは治療方法も確立され、多くの人が治療を受けながら生活しており、死とは遠い病気になりました。しかし、死とは別の恐さは他の病気よりも強いかもしれません。とりわけハイリスク層であるMSM(男性と性交渉する男性)の中には、「社会の目が怖い」「もうセックスできなくなる」「恋人が出来なくなる」といった怖さから、検査を受けられない人がいると推測しています。
U=Uが、その怖さを軽減できるのなら、今まで検査を受けられなかった人が、検査し、感染を知り、治療を受けることで、感染を抑止することが出来ます。

また、感染リスクとは縁遠い人たちがU=Uを知ることで、感染の恐怖の軽減にも繋がっていると考えられ、HIVに感染している人の社会的な生活のしやすさや生活の質の向上を期待できると考えています。

U=Uは、まだまだ進行中といった感じですが、この中でも特に、ネガティブな意見の改善につながる行動や、U=Uによって他の性感染症の感染者が増加しないように、啓発を進めていきたいと考えています。

本当に感染リスクゼロ?と不安な方々へ

私たち、ふれんどりーKOBE内でも、いまだに「本当に感染リスクゼロ?」と疑念を持っているメンバーもいます。そこで、どうして感染リスクがゼロといえるのか、に焦点を当てて少し調べてみましたので、皆さんの参考になればと思います。

本当に「リスクはゼロなのか?」ということに関して、Prevention Access Campaign(米国のU=U啓発団体)には以下の記載がありました。

現実世界の観点では、リスクはゼロです。理論的な視点においては、リスクはゼロに近いほんの微量なものです。理論的なリスクに焦点を当てることは、役に立ちません。なぜなら科学の世界では、リスクゼロを証明することは不可能だからです。統計学的な分析を通して、その(リスクという)数字は限りなくゼロであり続けます。研究者は、「ART(抗HIV療法)を受けていてウイルス量が検出限界以下のHIV陽性者は、性的パートナーには感染させ得ない」と自信をもって私達が言うことを認めています。ウイルス量が抑制されている(検出限界以下)ときは、彼らは感染源とはなりません。リスクは、科学的にゼロに等しいです。

FAQ | United States | Prevention Access Compaign
https://www.preventionaccess.org/faq
「4. Is the risk zero?」の項

その他、参考にした記事をご紹介します

・U=Uの手引き、合意表明(※元となっているページは、2016年9月7日時点のもの)
https://www.preventionaccess.org/consensus
・PARTNER(HIV陽性&陰性という組み合わせの異性愛カップル、ゲイカップルを対象にした調査。HIV陽性者のウイルス量が「検出限界以下」のときの、コンドームを使わないセックスでの感染確率を調べたもの)
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(19)30418-0/fulltext
・PARTNER 2(PARTNERの調査期間を延長し、さらに多くのゲイカップルが、新たに参加した調査)
https://www.aidsmap.com/Zero-transmissions-mean-zero-risk-PARTNER-2-study-results-announced/page/3311249/

上記から、U=Uの状態の人の感染リスクを考えるのは無意味で、そして膨大な研究データからも、U=Uの状態であれば、感染の可能性はゼロ、ということが言えます。

90-90-90の残課題:HIVに感染している人の90%が自認していること

一見すると、何のことかよくわからない90-90-90ですが、UNAIDS(国連合同エイズ計画)が、2014年に掲げたHIVに関する数値目標で、2020年までに達成することを目標としています。具体的に、3つの90は以下を指しています。

1つ目の90:HIVに感染している人の90%が自身が感染していることを認識する
2つ目の90:自らの感染を知った人のの90%が実際にARTを受ける
3つ目の90:ARTを受けている人の90%がウイルス量を低く抑えられている

90%×90%×90%=73%となります。つまり、地球上の自分が感染しているかどうかもわからない人も含めて、全HIVに感染している人の73%がウイルス量を低く抑えた状態を維持しているという目標です。

日本の現状と今後の対策

日本の状況は、1つめの目標である、HIVに感染している人の90%が自認していること、達成率は80〜85%だと報告されています。残り2つの目標は達成されています。

1つめの目標達成のために挙げられた対策は、日本のHIV感染のハイリスク層である、MSMに対する検査の推進や普及啓発です。具体的には、今までのMSMが集まる商業施設での啓発活動に加え、行政以外の、クリニックやHIV啓発拠点での検査の提供、HIV以外の性感染症治療時などの検査勧奨などが挙げられています。

リスク層をHIV検査につなげる

達成していない1つ目の目標を達成するには、いかに人々にHIV検査に関心を持ってもらうか、HIV検査が受けやすい環境を用意するかがカギとなると考えています。

例えば、従来大阪で行われていたMSM向けHIVクリニック検査キャンペーンが、2019年9月、2020年1月に、兵庫県かへ地域を拡大し実施されました。具体的には、各地域のクリニックで、MSM限定の無料・匿名HIV検査を受けられるもので、大きな病院や、行政のHIV検査とは異なり、土曜日の診療や、夜遅い時間帯でも診療を行っているクリニックがあり、検査を受けられる時間帯が広がるメリットがあります。その他にも、クリニックの医師と啓発団体が直接コミュニケーションを図れることや、クリニックを通して、地域へのHIVに対する啓発や、受検促進の働きかけができるメリットがあります。
検査をより受けやすくする取り組みにより、少しでも「検査を受けてみよう」と足を運ぶきっかけにつながればと考えています。

国内の90-90-90の近況 参考:
学会配布資料 UPDATE! いくつ知っている?
https://aidsweeks.tokyo/update/japan/

 

早期HIV治療のすすめと制度

現在では、HIVに感染していると診断された場合、血液検査の結果の数値に関連せず、早期に抗HIV療法を始めることが国際的に推奨されています。

日本では薬害エイズ事件をきっかけに、1998年からHIV感染者が免疫機能障害として、身体障害者認定を受けられるようになりました。これにより、高額な治療費を払うことなく、治療を受け続けることが出来ます。。しかし、その認定条件が現在でも当時のままで、一定状況まで悪化しなければ認定を受けることが出来ません。

・CD4 500/μl 以上
・ウイルス量 5,000コピー/ml 未満

早期発見・早期治療を推進する半面、制度がによってその実現が阻害されると指摘されています。他にも、海外でHIV治療を受けていた人が、日本に帰国し認定を受けようとしたら、「一旦服用を中断して認定条件を満たさないと難しい」と言われたケースがあり、海外に在住している人を想定していないという問題もありました。

早急にガイドライン改正が望まれますが、抗HIV薬が、1錠¥3,000-程度で1日1~2錠の服用と考えると、高額であることも問題といえるます。

PrEPってどうなったのか気になって調べてみた

HIVの薬価の話が出てきましたが、最近は抗HIV薬は、服用してHIV感染予防する、PrEP(プレップ・曝露前予防法)にも利用され始めています。PrEPはアメリカやオーストラリアでは保険が適用され、月4,000円程度なのに対し、日本では保険適用されないため、月10万円ほどの費用がかかるようです(薬は個人輸入されている場合が多いようです)。PrEPは、特にMSMに普及することでHIVの新規感染数の減少に期待できますが、費用が高額なことや、薬の入手経路に医師が介在しないことがほとんどで、副作用に対するケアが受けられないなど、日本では様々なリスクがある状態です。

もちろん、予防効果は90%以上と考えられ、性生活の向上にも期待できる有益な方法だと考えられます。日本国内でも、積極的に導入しようとする動きがありますので、その動向に期待しています。

さいごに

3日間の学会参加により、多くのHIV/エイズ事情に触れることができました。

北海道のHIV陽性者の内定取り消し裁判もありましたが、日本でも、一部では依然として根強い差別がまだまだあります。この度の学会参加やこのレポートの執筆を通して、HIVに関する正しい知識を、常にアップデートしていかなければならない必要性を改めて感じました。

ふれんどりーKOBEでは、地域のコミュニティの場の提供の他、HIV/エイズ予防キャンペーンの一環として、勉強会や資料の街頭配布なども行っています。世の中の差別や偏見をなくし、一人でも多くの人にHIVに関する正しい知識を持っていただけるよう、今後も活動継続してまいります。