第36回日本エイズ学会(浜松)レポート

第36回日本エイズ学会学術集会・総会(以下、エイズ学会)が、2022年11月18日(金)~11月20日(日)の日程で、開催されました。テーマは「Resistance~耐性との闘い/差別との闘い」です。

2020年初頭から始まった新型コロナウィルス感染症の感染拡大が始まってからから3年近くが経過し、HIVに感染している人や、HIVに感染する可能性の高い人たちの生活は大きく変化しています。

ふれんどりーKOBEでは「どのような変化があったのか」という視点で、学会にオンラインで参加しましたので、その様子を、「治療」「予防」「疫学」「社会」の4つの観点からレポートしたいと思います。

はじめてHIVに関する文章を読む方へ

この記事は、はじめてHIVに関する文章を読む方でも理解できるように書いたつもりではいますが、より理解しやすい解説を「HIV/エイズ・感染症の基礎知識」にまとめていますので、ご活用ください。

治療

HIV感染症の治療目標は血中ウイルス量(HIV RNA量)を検出限界以下に抑え続け、エイズの発症を抑制することです。

現在、国内ではHIV感染症に対して30種類を超える薬剤が承認されており、毎日3剤以上を組み合わせて経口薬を服用する抗レトロウイルス療法(ART)が標準的な治療です。その治療法は1990年代当時、「カクテル療法」と呼ばれました。当初は、3剤の管理方法や、服薬タイミングが異なることで、服薬そのものが一苦労といった状況で、そのうえで激烈な副作用が発生するような状況でした。

最近では、3種類の成分が1錠の中に含まれた合剤がでており、111錠内服での治療も可能となっています。副作用は、ほぼ聞くことはありません。

1日1回1錠で治療可能な抗HIV薬

商品名
30日分の薬価
食事の影響
トリーメク

¥211,215
なし
ビクタルビ

¥212,823
なし
オデフシィ

¥184,647
食後
シムツーザ

¥145,170
食後
ドウベイト

¥144,240
なし

さらに近年、開発が進められているのが、長時間作用型の抗HIV薬です。患者を毎日の服薬から解放する薬剤として期待されています。

 

⾧期作用型抗HIV治療薬の意義

抗HIV薬の進歩は、HIV感染症を死に至る致死的疾患からコントロール可能な慢性疾患へと変えてきました。
しかしながら、患者は長期にわたるHIV感染に関するスティグマ(社会的な差別偏見に起因した自己否定的な感情)に苦しみ、精神的・心理的な課題や問題がより顕在化しています。

現在、持効性注射薬はカボテグラビル・リルピビリンの2剤同時使用の治療が、唯一世界で承認されています(日本未承認)。
それぞれの薬剤ごとに、2か月に1回(8週間ごと)、計6回/年の筋肉注射で治療が可能で、これまでの毎日の服用から解放され、薬の飲み忘れなどが無くなります。

また医療者が直接注射するので、確実に薬の効果を確認でき、治癒するまでの経過を観察することができます。
薬剤耐性ウイルスにも効果が期待されています。それはファーストインクラスの薬(そのカテゴリーの医薬品で、最初に認可された画期的新薬)やこれまで一般的でなかった作用機序の薬が開発されているからです。

HIVに感染した人の体内にある抗体を利用して、ウイルスを攻撃する、抗体をベースとした抗ウイルス療法も期待されています。この治療法では、抗体を増やすために、HIVに感染している人の体内から抗体を採取し、精製して利用します。抗体はウイルスにくっついて、免疫細胞がウイルスを攻撃するのを手助けします。

そして長年の問題であるスティグマに関してもある程度寄与できるかもしれません。
HIVに感染している人の多くは感染していることを隠していますが、人前で薬を服用する必要もありませんし、自宅で薬を管理する必要もありません。
またHIVの暴露前感染予防(PrEP)でも抗HIV薬を定期的に服用しますが、パートナーや相手の前で服薬することを気まずく感じる人が多いことが分かっていますが、それらからも解放されると期待されます。

最後に、現在開発中の長期作用型の抗HIV薬のほとんどが治療だけでなく予防もターゲットにしています。治療では複数の薬が必要ですが予防では単剤でも効果が期待でき、長期作用型PrEPの実現も望まれています。

⾧期作用型抗HIV治療薬の今後の課題とは?

しかしながら、この持効性注射薬は現時点では世界のどこでも使える状態ではなく、高所得国でしか使えない状況です。経口薬よりコストが高く、今後解消すべき課題となっています。

カボテグラビル・リルピビリンの接種によるHIV治療の今後の課題には、以下のようなものがあります。

  1. 長期的な安全性の確認:抗HIV薬の新薬全般に言えることですが、カボテグラビル・リルピビリンは新しい治療薬であり、長期的な使用の安全性に関する情報が限られています。治療効果がある一方で、長期的な副作用や合併症が生じる可能性があるため、安全性についてさらに研究が必要です。
  2. 投与負荷の問題:2か月に1回の注射が必要で、日本の標準的な経口薬による治療の平均的な通院頻度(=3ヶ月に1回程度)に比べ、患者が医療機関を訪れる頻度が高まります。これにより、患者の治療を継続するための負荷が増える可能性があります。
  3. 薬剤耐性の問題:カボテグラビル・リルピビリンは、逆転写酵素阻害剤(抗HIV治療薬の種類の一つ)であり、他の同種の薬剤と同様に、薬剤耐性が生じる可能性が高く、この場合、他の治療法への切り替えが必要です。
  4. 経済的な問題:他の抗HIV治療薬よりも高価であるため、患者の経済的負担が大きくなる可能性があり、治療を継続することが困難になる可能性があります。

以上の課題に対処するために、今後の研究や取り組みが必要とされます。

 

予防

ここでは、PrEP(プレップ)など、新しいHIV感染予防法や、HIV以外の性感染症の予防も含めた「予防」にフォーカスした話題を取り上げます。

PrEPの普及と問題

PrEPとは、あらかじめ抗HIV薬を服用し、HIV感染を防ぐ方法の一つです。従来は性行為時のコンドームの正しい使用が唯一の予防方法でしたが、PrEPはコンドームを使用しなくてもHIV感染を防ぐことができます。

PrEPはコンドームを使用せずにHIV感染を予防できる方法として、ゲイ・男性バイセクシュアル(以降、MSMと記載)に歓迎され、ここ数年、SNSを通じて急速に知られるようになりました。以前の学会で、コンドームの使用率の向上には限界がある、という指摘もあったことを考えると、頷けます。

一方で、PrEPは、梅毒や淋病など、HIV以外の性感染症は予防でないリスクがあり、性感染症の予防の観点では、コンドームの使用が必要です。MSMのコンドーム使用率は2010年以降、減少傾向にあり、その場限りの相手との性行為でもコンドームを使用しない人が増えています。

MSM向けのSNSを見てみると「PrEP」という単語が一人歩きしており、「PrEP」さえ行なっていれば性感染症はすべて防げる、という誤解が多い印象です。

私たちは、HIV感染予防のためにコンドームを「しかたなく」使用していた人たちが、PrEPへの誤解がありながらコンドームを使用しなくなった、と推察しています。また、PrEPへの誤解に対し、正確な情報発信を十分に行えていないことや、医療機関や啓発団体が急速な広まりに対して体制整備や議論が追いついていないことも、コンドームを使わなくなった一因と考えています。
HIV以外の性感染症は完治可能という点や、外国ではPrEPを使用した場合はコンドームは必要ないという考え方があり、日本国内でも嗜好や精神面から、海外同様、PrEPを使用した場合はコンドーム不使用を認めるべきだという声もあるようです。

PrEPの普及を図りつつ、HIVを含めた広範囲の性感染症の検査機会の増加や、手軽に検査・治療を受られる体制を整備する、というのも一つの考え方のように思います。

PrEPの抜け穴

革新的な予防方法として昨今SNSを中心に話題のPrEPですが、「みえない」ことが、気をつけなければならないポイントです。
従来の予防法であるコンドームの使用は「見た目」で使用していることがわかりますが、PrEPは「自称」であり、効果がある状態かどうかもわかりません。HIVに感染していないということも同様です。相手がPrEPを行なっていると安易に安心せず、コンドームを併用し、感染予防を図ることが非常に大切です。

予防のこれから

PrEPに関する相談は、HIVの感染確率が高いMSMだけでなく、女性セックスワーカーからもが増えているようです。これには新型コロナウィルスの感染拡大による経済的な影響があると考えられており、失業した女性が、生活のためにセックスワーカーとして働き始めた事例が増え、PrEPも活用されていると考えられています。さらに、外国籍のMSMからの相談もあるなど、幅広い層に正確な情報の普及が必要です。

これだけの層に対し、これまでのような保健所・都市部の拠点病院を中心とした対応では中々カバーしきれません。柔軟な対応が可能なクリニックを増やしていく事が望ましいですが、少ないのが現状です。

ふれんどりーKOBEは保健所、HIV拠点病院とクリニックを繋ぐ活動を進め、PrEP及びその正確な情報の普及、新たな問題の指摘と対策の実施を行います。

疫学

新型コロナウィルスの感染拡大で、保健所や医療機関が通常の業務を行えない問題が発生したことは既にみなさんの知るところですが、その影響としてHIVの検査件数の減少があります。

2022年の新規HIV感染者数は減少に転じたというニュースがありましたが、検査数減は報道されていない事実です。ふれんどりーKOBEでも、神戸市が実施する検査の周知を行っていますが、例年に比べて検査機会は減少しています。

新型コロナウィルス以前の統計環境と、現在では異なっており、従来の尺度で統計を読むと、誤った認識に繋がる、といった指摘がいたるところから上がっていました。

ふれんどりーKOBEでは、特にMSMの新型コロナウィルス蔓延時の社会的な行動変異や、PrEPの実施状況、HIV以外の性感染症の感染状況から考えて、従来とあまり変わらない数のHIV新規感染者がいるのではないかと想像しています。

またPrEPの広がりに伴い、異なる性感染症の感染拡大が懸念されています。中でもサル痘に感染した人の死亡例が報告されるなど、PrEPの広がりとともに従来の性感染症予防対策とは異なる対策が必要ではないでしょうか。

社会

HIVに感染している人に対するレッテルとU=Uの関係

この発表では、20~60代の異性愛者を対象に、HIVに感染している人に対する社会的距離に関するアンケート調査を行い、U=Uを知らない人が、知ることにより、HIVに感染している人に対する偏見が軽減されたことが分かりました。

U=Uとは、「Undetectable:検出限界値未満=Untransmittable:HIV感染しない」の略で、HIVに感染していても、治療によりウィルスが検出されない状態であれば、性行為時にコンドームを使用しなくてもHIVは感染しない、という研究結果を伝える言葉です。

具体例では、自分の親族がHIVに感染している人と結婚することや、子供の世話を頼むことに対して受け入れられない、と回答した人が約6割いたが、その人たちにU=Uについて簡単に説明すると、その内約2割の人が、「受け入れられる」と回答を変更しています。

さらに精緻な調査が必要とのことでしたが、U=Uを知っていることが、HIVに感染している人への偏見の軽減に効果があると期待されています。

U=Uを知っていることが、HIVに感染している人のQOLを向上させることが示唆されました。しかし、U=Uの状態になかなかならない人も少数ながら存在しており、その点も考慮しながら、普及啓発を図る必要があると考えています。

検査

郵送検査の課題

HIV検査について、郵送検査キットを取り寄せながらも自己採血を送り返さない人が多いということが分かっています。その理由の一つは自己採血の困難であり、送り返さなかった人のうち約44%がその理由として挙げています。技術的な面だけでなく、針が怖いといった精神的な面から困難と感じている人もいるようです。

検査機会の拡大

また、職域接種(会社の健診時にHIVの血液検査実施)を望む人が多いということも分かっています。結果通知時のプライバシー保護と費用負担が考慮されることが前提にはなりますが、職域接種の実現によって検査のさらなる普及が期待できます。

カテゴリー: 日本エイズ学会レポート | 投稿日: | 投稿者:

しゅん について

LGBTやHIVに感染している人について「社会に少数者の幸せと居場所を作る」活動を2006年から開始。 訴え、勝ち取るよりも、「ともに幸せに暮らす」をテーマに様々な活動を展開。 ふれんどりーKOBE 代表 虹茶房 主人 虹ちょうちん 主人 好きなもの: アート、クラフト、料理とお酒、音楽(クラシック)、いきもの。 ひとこと: 人見知りだけどみんなの輪に入りたい! Twitter:@shun_fk instagram:@shun.f.kobe