インターネットなどでHIV/エイズに関連する記事を読むと、前提となる感染症やHIV/エイズに関する知識がなければ理解しにくいものがります。ここでは、理解の前提となるような事項について説明します。
感染症とは?
感染症とは、ウィルスや細菌などの病原体が体内で増殖することで起こる病気の総称です。症状が出る感染症と出ない感染症があります。特に、性行為で感染するものを性感染症と呼び、HIV感染症/エイズ、性器ヘルペス、梅毒、淋病、クラミジア感染症などがあります。
病原体の曝露と侵入、防衛と感染
では、感染とはどのようなものなのか、詳しく見ていきましょう。
病原体は、日常的に空気中に浮遊しており、私たちは常にさらされています。また、風邪をひいている人が咳をしたときの飛沫や、性感染症に感染している人との性行為時の唾液や体液・血液等が付着することで、病原体にさらされます。このように病原体にさらされることを「曝露(ばくろ)」といいます。
曝露を受けると、病原体が体内に入ってしまいます。このことを「侵入」といいます。しかし、侵入されただけでは感染症にはかかりません。咳をする人が周囲にいたからといって必ず風邪にかかるわけではありませんし、性感染症に感染している人との性行為でも、必ず自分が性感染症になるとは限りません。また、私たちの体を構成する細胞は、常に古いものが死に、新しく生まれ変わっており、その過程でガンのもとになる細胞が生まれています。しかし、私たちが頻繁にガンになることはありません。それは、私たちの体が、常時、様々な方法で侵入した異物や病原体、ガン細胞を除去・破壊しているためです。この能力が「免疫」です。
しかし、曝露量が多かったり、体調がすぐれないなど、免疫が侵入した病原体を除去しきれないことがあり、体内で病原体が増殖を始めることがあります。この状態を「感染」といいます。
感染とは、病原体の曝露を受け、病原体が侵入し、免疫が除去しきれず、体内で増殖し始めた状態です。
病原体の違い
感染症の病原体は、細菌またはウィルスです。どのような違いや特徴があるのかみてみましょう。
- 細菌
- 細菌は細胞を持ち、自ら必要な水分や栄養を摂取し細胞分裂して増殖します。納豆菌や乳酸菌など有益な菌もいますが、様々な病原菌もいます。性感染症の病原菌には、梅毒トレポネーマや淋菌などがあります。
- ウィルス
- ウィルスは、細胞を持たず、核酸(DNA/RNA)と、たんぱく質・脂質で構成され、核酸を感染した相手(宿主といいます)の細胞に埋め込み、ウィルスのコピーを作らせ増殖し、同時に感染した細胞を破壊します。性感染症の病原体となるウィルスにはHIV(ヒト免疫不全ウィルス)、ヘルペスウィルス、B型・C型肝炎ウィルスがあります。尚、人に無害なウィルスやも存在しています。
細菌 | ウィルス | |
---|---|---|
組成 | 細胞 | 核酸(DNA・RNA)とタンパク質、脂質 |
増殖方法 | 栄養や水分を摂取し細胞分裂 | 感染相手の細胞で複製を作成 |
治療薬 | 抗菌薬(抗生物質)で増殖抑制と殺菌。1剤で特定の範囲の種類の細菌に有効。 | 抗ウイルス薬で増殖抑制1剤で1種のウィルスに有効。 |
主な性感染症 | 梅毒、淋病 | HIV感染症/エイズ、性器ヘルペス、肝炎(B型・C型) |
ポイントは、ウィルス感染症の場合、現在の治療薬ではウィルスを分解することができず、増殖の抑制にとどまり、ウィルスの分解・体外排除は免疫が行っている点です。
HIVとエイズ
HIVは「ヒト免疫不全ウィルス」というウィルスの略称です。HIVに感染すると、免疫を担っている細胞が破壊され、免疫が極度に低下・無力化されます。また、極度に免疫が低下した人が特徴的に感染する日和見感染症を発症します。その状態がエイズ(後天性免疫不全症候群)で、放置していると死に至ります。日本で最も多い日和見感染症はニューモシスティス肺炎(カリニ肺炎)ですが、その他、エイズ発症の目安とされる病気は以下の23種類が定義されています。
エイズ指標疾患一覧
- カンジダ症(食道、気管、気管支、肺)
- クリプトコッカス症(肺以外)
- ニューモシスティス肺炎
- コクシジオイデス症(1:全身に播種したもの 2:肺、頚部、肺門リンパ節以外の部位に起こったもの)
- ヒストプラズマ症(1:全身に播種したもの 2:肺、頚部、肺門リンパ節以外の部位に起こったもの)
- トキソプラズマ脳症(生後1か月以後)
- クリプトスポリジウム症
- イソスポラ症(1か月以上続く下痢を伴ったもの)
- 化膿性細菌感染症(13歳未満で、ヘモフィルス、連鎖球菌等の化膿性細菌により以下のいずれかが2年以内に、2つ以上多発あるいは繰り返して起こったもの)(1:敗血症 2:肺炎 3:髄膜炎 4:骨関節炎 5:中耳・皮膚粘膜以外の部位や深在臓器の膿傷)
- サルモネラ菌血症(再発を繰り返すもので、チフス菌によるものを除く)
- 活動性結核(肺結核又は肺外結核)
- 非結核性抗酸菌症(1:全身に播種したもの 2:肺、皮膚、頚部、肺門リンパ節以外の部位に起こったもの)
- サイトメガロウイルス感染症(生後1か月以後で、肝、脾、リンパ節以外)
- 単純ヘルペスウイルス感染症(1:1か月以上持続する粘膜、皮膚の潰瘍を呈するもの 2:生後1か月以後で気管支炎、肺炎、食道炎を併発するもの)
- 進行性多巣性白質脳症
- カポジ肉腫
- 原発性脳リンパ種
- 非ホジキンリンパ種
- 浸潤性子宮頚癌
- 反復性肺炎
- リンパ性間質性肺炎/肺リンパ過形成:LIP/PLH complex(13歳未満)
- HIV脳症(認知症又は亜急性脳炎)
- HIV消耗性症候群(全身衰弱又はスリム病)
出典: 9 後天性免疫不全症候群|厚生労働省 (mhlw.go.jp) https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-07.html
また、HIV感染症は以下の特徴があります。
- HIV感染後の無症状期間が3~10年余りと非常に長いこと
- ウィルスの変化が速いこと
- 感染後、体内のウィルスを完全除去できないこと
- 日本では男性同士で性行為をする人の間で拡がっていること
このような特徴から、感染に気付いた時にはエイズを発症し、重篤な状態になっていることや、予防手段や治療手段が限られていることから、生涯にわたる継続的な治療が必要になります。また、感染する人の特性と性感染症であることから、予防や感染している人に対する社会的支援が必要にです。
エイズを発症すると、治療により免疫を回復し症状を回復させることが可能ですが、症状や程度によっては、視力や脳機能などに障害が残ることがあるため、HIV感染症は早期発見・早期治療が重要です。
また、感染の広がりは、世界では女性の方が多い状況ですが、日本では男性、特に若い男性同士で性行為を行う人の感染が、圧倒的に多くなっています。
エイズ発症
HIVに感染してからエイズを発症するまで、どのようなことが起こっているのかみてみましょう。
急性期
HIVに感染1~2週間後に、一時的にウィルスが爆発的に増殖して高熱が出ることがあります。風邪や季節性のインフルエンザとも症状が類似し、自然に回復するためHIVに感染していることに気付く人は少ないでしょう。また、まったく症状がない人も多くいます。
無症状期
急性期の後の自覚症状がない期間です。数年~10年と長期間続きます。その間、HIVはどんどん増殖を続け、免疫は低下します。また、この期間はHIVに感染していることに気付かず、かつ、体内のウイルス量が増えている時期なので、他の人へ感染を広げる可能性が高まっています。
エイズ発症
なんとなく倦怠感が続く、下痢が続く、痩せる、風邪が治らない、息苦しいなどの異変が起こります。それ以外にも、視力の低下や、できものができるなどの症状が起こることもあり、症状は人により千差万別です。
HIVの感染経路
HIVは、性分泌液、血液、母乳に多く含まれ、汗、唾液、涙、排泄物にはほとんど含まれていません。したがって性分泌液や血液が傷ついた粘膜や皮膚に付着すること、母乳の授乳で感染します。反対に、HIVに感染している人に触れたり会話したり、回し飲みや、一緒に鍋を食べたり(直箸)、握手やハグ、一緒にお風呂ことで感染することはありません(空気感染、経口感染はしない)。
その他、蚊などの虫刺されや(媒介)、他の動物に噛まれることで感染することもありません。これは、蚊が媒介する血液が極微量であり、血圧により人体に注入できないためといわれています。また、HIVは他の動物には感染せず、人にのみ感染します。
- 性行為
- 性行為中には、どうしても性器や粘膜に小さな傷が出来てしまい、その傷にHIV感染している人の性分泌液が触れると、曝露を受けることになり、感染の危険が生まれます。また、粘膜からHIVが侵入することが確認されています。性行為による感染は日本で最も多い感染経路であり、HIV感染全体の80%を超えています。
- 母子感染
- 分娩時の母親の体液や血液が新生児に付着することと、母乳の授乳によって感染します。また、お母さんがHIVに感染している場合、母乳の授乳はできません。貧困の問題がある地域では、医療体制が不十分であったり、HIVの正しい知識を得られないことや、母乳育児により、最も多い感染経路となっています。
- 血液を介して
- 日本では、医療従事者がHIVに感染している人の血液が触れた注射針を誤って刺してしまう、針刺し事故などが考えられ、その他には、薬物使用者による注射針の使い回しがあります。
感染予防
一般的な感染症の感染予防と症状軽減には、病原体を弱毒化したワクチンを使用します。しかし、HIVはウィルスの変化が速く、ワクチンの効果をすぐに得られなくなり、結果的にワクチンによる感染予防は期待できません。また、HIV感染症自体には症状はないので、症状の緩和効果も意味がありません。したがって、基本的な感染予防は感染経路を断つ方法になります。
日本で最も多いHIV感染経路は性行為ですが、コンドームを正しく使用することでHIV感染の予防が可能です。また、コンドームの使用により、HIV以外の性感染症も予防でき、入手も簡単です。しかし、性行為時の状況で正しくコンドームを使うことは簡単ではなく、使用は相手任せとなってしまう点が問題です。
最近では、事前に抗HIV薬を服用し感染を予防する、「PrEP(プレップ):暴露前予防内服」という方法が登場しています。しかし、一般的に抗HIV薬を入手することが難しく、薬剤が高価なこと、ある一定期間服用する必要があったり、副作用が発生する、HIV以外の性感染症を防げない、など課題があります。日本では医師による指導の下、試験的に実施されている段階です。
母子感染の予防は、日本では妊娠がわかった段階で、HIVの感染を調べ、抗ウィルス薬の投与や、帝王切開による出産で母子感染を防いでいます。また、出産後の子育てに母乳を与えることができないため、粉ミルクや、母乳バンクなどの利用が必要です。
感染している人との生活
日常生活で気をつけなければいけないことは、感染している人の性分泌液や血液に触れないこと、です。日常的に他人の性分泌液や血液に触れることはそれほど多くないことです。あまりないと思いますが歯ブラシやかみそりを共用することで感染してしまう可能性があります。そして感染経路で最多の性行為は日常・非日常かかわらずコンドームの正しい利用が必要です。
また、感染している人との妊娠は、抗HIV薬の服用や人工授精等さまざまな方法でリスクを軽減し妊娠することが可能になってきています。
性行為以外は、食事や入浴など、多くの日常シーンを感染していない人と同じように一緒に楽しむことができます。
HIVの検査
HIVに感染していることを知るためには、専用の血液検査が必要です。なぜなら、エイズ発症の項目で述べたようにHIVに感染しても自覚症状は少なく、健康診断や病院の一般的な血液検査でも、HIVは検査の対象になることがないからです。よって、専用の血液検査を受けない限りHIV感染には気づけないのです。このHIV専用の検査は、病院や保健所、特に保健所では無料・匿名で受けることができます。また、受ける際には本人の同意が必要になります。
HIVの検査には、2ステップあります。「感染していない」ことを確定するスクリーニング検査、そして、「感染している」ことを確定する確認検査です。HIV検査受けると陽性または陰性の結果が得られます。陽性の場合はHIVに感染している、陰性の場合は感染していない、という結果です。
- 1.スクリーニング検査
- この検査は、「感染していない」ことを確定させることが目的です。しかし一定の確率で、感染しているとは言い切れない、はっきりとしない擬陽性または判定保留という結果が出ることがあります。この場合、確認検査を受けることになります。検査を受けてから結果が判明するまでの時間が、検査方法によりますが1時間程度と短いことが特徴です。
- 2.確認検査
- スクリーニング検査で擬陽性の結果が出た場合、つまり感染している可能性がある場合は、確認検査を受けます。この検査は、「感染している」ことを確定させることが目的です。検査を受けてから結果が判明するまで、検査方法によりますが4時間程度が必要です。
HIVの治療と生活
HIVが発見されれから、既に40年以上が経過していますが、現在でも感染したHIVを完全に体内から排除することはできません。しかし、治療方法の確立、薬剤の開発により、治療を受けていればHIVに感染していても、感染していない人と変わらない生活をすることができるようになっています。とはいえ、実際にHIVに感染している人たちは、様々な問題や課題、負担を感じながら生活しています。その状況を見てみましょう。
投薬治療
抗HIV薬の服用により、HIVの増殖を阻害し体内で増えないようにすることで、エイズの発症を防止すること、エイズから回復することが可能になります。また、HIVは他のウイルスと比べ遺伝子の変化がはやく適応力が高いため、薬が効かなくなる(=耐性を持つ)可能性が高くなります。生涯薬を飲み続けていく必要があるのはこのためです。うまく投薬治療を続けていけば、感染していない人と同じくらい生きることができます。
HIVに感染している人のストレス
日本のHIVに感染している人は、毎日決まった時間に1~2回、1回あたり2~3錠程度の薬を飲み続けています。抗HIV薬を飲むことがHIV感染に対する社会的なストレスを患者に感じさせてしまう、症状がない状態でも飲み続けなければいけないなど、薬を飲み続けることが難しいと指摘されており、服薬のストレス軽減の取り組みも行われています。また、病院で診察・検査を受け、処方箋をもらい薬局で薬を受け取るためには、「通院」が必要になります。通院のために仕事や学校を休まなければいけない場合もあり、通院が時間的な負担になっているという問題もあります。
国による医療費負担
HIVの治療で薬を一生飲み続けていくには高額な医療費がかかり、金銭的な負担も伴います。そのため、HIV治療は公的支援制度である「自立支援医療」の対象とされています。自立支援医療は、治療にかかる自己負担額を軽減する制度です。この制度により抗HIV療法のみでなく、HIV感染に関係している治療の医療費が、ひと月あたり数千円で済みます。