第28回日本エイズ学会(大阪)レポート

日本エイズ学会へ参加し、様々な公演を聞いてきましたので、ご紹介をします。

以前から学会には参加したかったのですが、

  • 会期が複数日なので遠地の場合、交通&宿泊費がかさむ。そのうえ、スタッフの日程調整が難しい。
  • 参加費用が高い!

ということで参加を見送ってきましたが、今回は交通&宿泊費のかからない大阪で開催だったため、、参加が実現しました。

私たちは次の目的で参加しました。

  • ふれんどりーKOBEの、特にAIDS STUDYの活動のための情報収集
  • 多くのHIV陽性者とお会いし、情報収集をすること
  • 最先端のエイズ/HIV感染の治療の研究について調査すること
  • 人脈を広げる

多くの発表を拝聴しましたが、一つ一つの紹介は難しいので、いくつかのセクションに分けて、説明できる限り簡単にわかるように紹介していきます。

エイズ・HIVと治療、現状

既にエイズについて、ご存知の方もいらっしゃるとは思うのですが、治療についても合わせて、ここでは説明しますのでぜひ読んでください。

エイズ・HIVとは

エイズは、HIVと呼ばれるウィルス(以下、HIV)に感染し、発病する性感染症です。日本の多くの場合、HIVは、性行為で感染します。

ヒトには、細菌やウイルス、異物が体内に侵入した際に、それを排除する仕組みがあり、免疫といいます。主に血液中の、なかでも白血球のいくつかの種類の細胞が連携してそういった働きをしていて、それらの細胞を免疫細胞と呼んでいます。
HIVは、粘膜や微細な傷口などから体内に侵入し、免疫細胞に入り込み、増殖します。これを「感染」といっています。数年間かけ、免疫細胞を破壊しつつ増殖を続けます。感染した人は免疫が低下、肺炎など特徴的な疾患を発病し死に至ります。この疾患を発症した状態をエイズと呼んでいます。つまり、HIV感染→エイズ→死、ということになります。

  • 「エイズ」は病気の名前
  • 「HIV」はエイズの原因になるウイルスの名前
  • 日本の多くの場合、HIVは性行為で感染する

現在の治療

現在では、抗HIV薬(=HIVの増殖を抑える薬)を服用し、エイズ発症を防止する治療が行われています。この抗HIV薬は、HIVの増殖を抑えることはできますが、殺ウイルス的な効果はないため、感染後に体内からHIVを完全に除去することはできません。

ちなみに、HIVの感染は、専門の血液検査をしなければわかりません。会社や学校の健康診断などではわかりません。HIV感染の検査は病院や保健所で受けられます。保健所では無料匿名で受けることができます。

1日に1~2回程度の服薬が一般的で、これを生涯続ける必要があります。理由は2つあります。

一つは、感染したHIVは、活動と休眠(不活)の2つの状態をとりますが、、抗HIV薬に、殺ウイルス的効果がないため、休眠状態のウイルスには全く効果がありません。したがって、服薬をやめると、HIVは増殖を始め、やがてエイズを発症してしまいます。

もう一つは、HIVは高い適用力を持っていて、抗HIV薬が効かなくなること(=耐性を持つ)があります。そうなると、服薬していてもHIVが増殖、エイズを発症します。耐性を持たせないためには、決められた回数決められた分量を確実に服用し続けることが最も有効な方法だからです。

  • 抗HIV薬の服用によりエイズ発症を抑える治療を生涯続ける必要がある
  • HIVに感染すると、いまのところ、体内から完全排除はできない
  • HIV感染は専門の検査を受けないとわからない

HIVに感染している人のたち

HIVに感染している人の大半は、服薬しながら、普通に社会生活をしています。病状が安定していれば、服薬を除いて、感染前とほぼ変わらない生活が可能です。また、治療の経済的な負担について、公的支援を受けられるため、多い人でも¥3,000/月程度に収まっていると思われます。

一方で、HIVに感染していることを隠している人が多いのも事実です。あえて公表する必要がない、というのもそうですが、ネガティブな影響を恐れて公表したくない、という理由で隠していることのほうが多いのではないでしょうか。意外とみなさんの身近にいるかもしれません。

学会テーマ:Cureは可能か?

ここでいう、「Cure」とは「治癒」をあらわし、HIVを体内から根本的に排除してしまうことです。厳密には、感染していても日常生活に支障のない程度の状態を維持できることも含んでいます。

しかし、現状の抗HIV薬による治療では、服薬を続けなければいけない、性行為や生殖に制限があるなど、一定の制約があるため、Cureは実現できていない、と考えられています。Cureに向け、世界中の研究者が、研究を重ねており、日本でも様々な研究がされています。

CureはHIVに感染した人たちが、最も待ち望んでいることといえます。Cureできれば、HIVやエイズに関する社会的な問題は大きく好転するのではないかとふれんどりーKOBEでは考えています。

「ゲノム編集」技術でHIVを破壊する

HIVが感染するメカニズムは、体内へ侵入→細胞へ侵入→細胞の乗っ取り→増殖、という順序で行われます。この過程の中で、細胞を乗っ取っているHIVを「ゲノム編集」という技術で、破壊し、除去する研究が行われ、破壊に成功したそうです。

利点は、HIVを「破壊」できる点です。抗HIV薬を用いた現在の治療では、休眠中のHIVには効果がないのですが、この方法だと有効です。問題は、厳密に休眠状態のHIVがどこにいるのかが完全に解明されていないこと。また、ゲノム編集に必要な物質を全てのHIVが感染した細胞に運ぶことが難しいこと。また、どのような副作用が出るか予測が難しいこと。だそうです。

「HIVに感染しない人」の研究

世の中にはHIVに感染しない人がいます。これは、HIVが感染できない、HIVに対して「耐性」を持っているためだそうで、ある特定の遺伝子を持つ人がその耐性を持っていることがわかっています。この遺伝子をHIVに感染している人に先ほどのゲノム編集の技術を使って移植し、感染しない体にしてしまおうというもの。移植といっても骨髄移植のような型が「マッチする・しない」といった難しさがないことが一つのメリットです。マウスの実験ではすでに成功しているそうで、ヒトでの実験のための安全性を現在確認中とのことです。

HIVの増殖を半永久的に阻害し続ける

ウイルスの一つに、帯状疱疹(たいじょうほうしん)を引き起こすヘルペスウイルスがあります。HIVと同じく、感染すると、人体から除去することは不可能なのだそうですが、帯状疱疹は治ります。HIVも同じように感染していても、エイズを発症しない状態を服薬なしで維持できないか?という研究です。

HIVがターゲットとするヒトの細胞には「鍵穴」があり、HIVが細胞に入り込むときは、「鍵」を使います。ヒトの体内に大量の「ダミー鍵穴」を作り、HIVが本物の細胞に入り込めないようにして、感染、増殖を防ぎます。HIVは多数のバリエーションの「鍵」を持っていて、それらに対応できる「ダミー鍵穴」が必要ですが、発表された方法だと、広いバリエーションに対応でき、長期間持続的に効果を期待できるそうです。

課題は、実験はサルを用いて行っているため、人の場合どうなのか?、さらに、サルにHIVを注射し、効果確認したそうですが、人の場合、感染経路は性行為が圧倒的多数のため、 感染経路の差異がどの程度有効性に影響するのか、また、どの程度の期間有効なのか、などいくつかあり、さらに研究する必要があるようです。

エイズ・HIV感染の研究、は進歩がとても速い医療分野

HIVが発見されて30年余り、その数年後には治療方法が確立し、毎年のように新しい薬が発売されています。また、前述のような研究がおこなわれています。HIVについてまだ未解明な部分もまだあるようですが、治療などの進歩は、他の疾患に比べると、何倍も速いようです。しっかりと研究費をねん出し、研究者がさらに研究を続けられる環境を整えることも、Cureに向けて必要なことだと考えます。

新しい検査

現状のHIVの感染検査は、血液検査です。これは医師、看護師がいなければ検査できないことになります。もっと手軽に検査できないか?という研究も進んでおり、その一つに、唾液で検査する方法が開発されて、米国では実用されているそうです。これを、国内で実用化できるか?という研究です。

検査は、歯茎を綿棒でこすって行います。検査30分前の歯磨き、15分前の飲食はNG。20~30分で検査結果が出るというもの。検査キットは約5,000円ほど。どの程度正確な検査ができるか?という点では病院の血液検査よりは劣るようですが、注射器を使わなくてもいい点はメリットといえそうです。

実際に100名の方に使っていただいた結果ですが

  • HIV検査の説明を含めると1時間ほどかかってしまう。
  • 購入して使いたいですか?の問いに対して37/100が購入しないとの回答
  • 入手困難
  • 検査結果が陽性だった場合、必要なサポートがその場で提供しにくい

といった内容です。

検査全体でみると、5,000円で、医療者の手を必要としない点を考えると、病院での検査よりは圧倒的に手軽でローコストといえそうですが、検査精度の問題と結果が陽性だった場合の問題は大きいと思います。

ケアと治療継続のむずかしさ

現在のHIV治療は、1日に2~3剤を1~2回服薬することが一般的です。生活に支障をきたすようなつらい副作用もあまり聞かなくなっています。

過去には、一度に10錠を超える薬を服用する必要があったり、薬剤も、液体や粉末、巨大な錠剤、スゴイ色の錠剤、冷蔵保管が必要なものまでありました。複数の薬を組み合わせて治療するため、服用時間の管理は、タイムテーブルを作らないとできないぐらい複雑だったそうです。その上に副作用まで・・・。

治療は、感染している人と、病院の医師、看護師、薬剤師、臨床心理士、ソーシャルワーカーなどがチームで「患者ともに治療を続ける」体制です。どのように、生涯にわたり必要な服薬などの治療を継続し、の日常生活の負担を軽減するか、「患者とともに」、話し合い、治療方法を選択するという点が特徴です。

病院に行き、診察を受け、おくすりをもらう。HIVに感染している人のエイズ発症予防には欠かせないサイクルですが、生涯続く長い期間の中で「病院に来なくなる人」も散見されるようです。原因も様々です。その医療者の皆さんのお話をまとめて紹介します。

待ってます!病院へ来てください!

看護師さんと病院に来なくなったHIVに感染している人のお話しです。病院では、その患者さんが何日分のおくすりを保有しているかということは管理しています。おくすりがなくなる前に、エイズを発症する前に来てほしい。来なくなったことを怒ったりしませんから。いつでも待っています!そんな思いが発表されていました。

患者も医療チームも、それは人ですから、ウマが合う、合わないはあります。また、長い治療生活の中で、様々な出来事もあります。診察をすっぽかしてしまった、嫌なことを言われた、病院では話しづらいことがある、仕事が忙しくて行けない、なんとなくイヤ。ちょっとしたきっかけで病院に行きづらくなり、行かなくなります。抗HIV薬はドラッグストアで売っているようなものではありませんから、治療が中断されてしまいます。

医療チームのみなさんは、そんな患者さんに、何とか治療を再開し、元気でいてほしい、という思いから、何度も電話をかけたり、お便りを出したりします。「おかけになった電話番号は、現在使われておりません・・・・」はかなりショックだとお話しされていました。

反対に、HIVに感染している人の団体や友人が病院に行くことを促し、患者とともに病院に一緒にくることもあるそうで、それが通院を再開するきっかけになることもあるそうです。

病院から離れてしまった患者さんを病院に向かわせるには医療スタッフだけでは限界があり、理解ある団体や仲間、友人などの他の接点を持つ方の協力が必要だとお話しされていました。

服薬をつづけるむずかしさ

1日1回の服薬で治療が可能になった現在でも、「服薬疲れ」という言葉が、継続する難しさを象徴しています。HIVに感染している人たちの大半が、HIV感染を周囲に隠しているという背景の中で、「隠す苦労」もあると思います。以下に印象に残った要因をあげますが、精神的な要因が多い気がします。

一生続けなければいけない服薬

HIV感染を隠しているという状況の中で、毎日決まった時間に服薬しなければいけない。異様な色や大きさの錠剤。どう見たってサプリメントには見えません。それを死ぬまで毎日。そう考えるとウンザリします。

飲まなくても問題ないのでは?という錯覚

毎日のことですから、習慣化してくる。そのうち、これ、飲まなくてもいいのでは?という錯覚におちいり、面倒だからやめてしまおう。と服薬が中断される。

別にエイズで死んでもいいと思う

エイズ発症で個室病棟に入院した患者さん。口にする言葉は、「生きていてもしょうがない、生きる価値がない、エイズで死んでもいい。」治療を拒み続けます。それでも臨床心理士さんは、毎日、患者さんに話しかけ向き合い続けました。背を向けられ、無口、無視、「ご苦労様。僕のところに来ても無駄だよ。休憩しに来たの?」とイヤミを言われた日々。それでもじっくりと向き合い、試行錯誤を繰り返し、数少ない会話から、その患者さんは、治療をする気持ちを持ち治療をし始めたそうです。が、治療が間に合わず、他界されたそうです。

HIVに感染している人の中には、そのこと自体を受け入れられない人もいます。時間をかけて、向き合う人の存在がとても重要だとお話しされていました。

また、違う場では、こういった心理状況の「カルテ」のようなものも必要だという話もありました。

 社会環境

エイズ・HIVをただの疾病ではなくしている大きな要因として、社会的環境があると思います。エイズが性感染症であること、HIV感染者の約8割が男性同性愛者であることが発表されていることなどから、HIVに感染している人たちは、「差別・偏見にさらされる」という思いを少なからず持つことになります。そういった社会環境に対してアプローチしている人たちのことや公的制度についての話をまとめて紹介します。

公的な支援制度

HIVの治療の問題の一つ、高額な治療費。たとえば、日々の薬代はざっと1万円程度。1回病院で検査を受けると、実費だと、2万円近くかかります。年間にすると、400万円近くかかることになり、全て保険適用したとしても、月々12万円という額になります。これでは経済的に治療できません。

HIVに感染し、治療を受け始めることになると、大半の人は、障害者認定を受けて、治療費などの補助を受ける対象となることができ、月当たり数千円程度で治療を受けることができます。

この、障害者認定を受ける制度は、とても深いエピソードがあります。1980年~1990年代に起こった薬害エイズ事件がきっかけになって作られた制度です。この事件は、血友病という病気の治療のために血液からつくられた薬剤を利用しましたが、その薬剤にHIVが混入しており、HIVに感染してしまったという悲惨な事件です。裁判になり、和解が成立していますが、その際に作られた制度です。

当時の原告団は、苦心を重ね、今後新たにHIVに感染する人のことを思い、「感染経路にかかわらず」をいう文言を和解の文章にこだわって入れたそうです。そのおかげで多くのHIVに感染している人がこの制度を利用できます。

当時の原告団の方が公演され、そのリアルな話を直接お伺いすることができたのはとても貴重なことです。

エイズ・HIVに関する支援、啓発などの活動をしている皆様

私たちも含め、エイズに関する活動はさまざまで、HIV感染予防、感染している人の人権啓発、病院や日常では話せない悩みの受け皿となる陽性者団体などがあります。

活動予算の低下

先日も東京の大きなエイズ関連の活動をするNPOが存続の危機にあると耳にしました。全国的にこのような話が増えてきているのは事実です。今回エイズ学会でも、「お金がない!」という声が多数ありました。今まで、エイズ・HIV関連のNGO・NPOは、行政からの補助や支援などに頼って活動してきましたが、助成金は縮小傾向にあります。研究費も同様です。

NGO/NPOは、一般的な企業や行政とは異なり、その資金源を多様に保持することが可能です。ご寄附いただいたり、助成いただいたり、会費や参加費など、多様です。この間口の広さ、柔軟性を生かしたファンディングが今後必要なのではと考えています。

活動資金が減少すると、能力の高い人を確保しにくくなり、活動の質の低下、または、活動停止に追い込まれてしまいます。その活動がなくなることの影響について、考える必要があると思います。「継続は力なり」といいますが、継続していると、それは恒常化し良い意味で「あたりまえ」になります。この「あたりまえ」が消えることによる、影響がないとは言えないと考えています。

地域性にあった活動が必要

社会活動の中で、エイズ・HIVに関して、特に教育と社会的環境に関するものが重要だと考えられていますが、元ある地域性もあってか、地域による差異が発表されていました。

たとえば、NPOやHIVに感染している人が、そんな教育は必要ないとの理由で学校で、HIV感染予防の講演をさせてもらえない。など。また企業でも、HIVやLGBT(=性的少数者)の対策するための仕組みはあるものの、十分に機能していないケースや、HIVやLGBTの当事者に会ったことも聞いたこともないというアンケート結果がある、一定の知識は持っていても配慮されないなど。目を疑うような結果がまだまだ残っています。

また、都市部と地方では、HIVの感染リスクのある人やHIVに感染している人の意識が異なり、地方に行くほど、隠している傾向が強いため、地方では地方での活動のしかたを模索する必要がありそうです。また、この文章でもしばしば登場する「専門的用語」ですが、多すぎると、わからない文章になってしまいます(気を付けてはいますが・・・)。そういった部分でも歩み寄りが必要だと考えられています。

会場の雰囲気・全体の雰囲気

医療者や医学、薬学、バイオなどの研究者だけでなく、NPO・NGOの発表や、HIVに感染している人が安心して参加できる環境があることは、ほかの学会にはなく、エイズ学会の最大の特徴だといえます。(すみません、ほかの学会には参加したことがないのですが。)

ご参加の皆様

ビシッとスーツを来た製薬企業の皆様、もう少しラフな姿の研究者の皆様、ちょっとオシャレすぎるHIVに感染している人たち。そして活動家のみなさま。学会というとても堅苦しいイメージを持っていたのですが、そうではありませんでした。平日開催のためか、医療関係者は講演をされる方以外はなかなか参加しづらいとのお話もありました。

知った顔がいる。そこからつながる輪ができる。さらに輪が大きくなる。その輪には様々な人が入り混じっています。学会という名前ですが、「エキスポ」といったほうがしっくりくるような気がします。

プログラム

実に多岐にわたる内容のプログラムがあるのですが、大きく活動系、治療などの研究系、医療現場系に分けることができる思います。どのプログラムでも、活動家、研究者、医療者の連携が必要と発表していたと感じているのですが、各プログラムの参加者を見てみると、それぞれ専門性に合ったプログラムに参加しており、学会内に連携を目的としたプログラムやその他の場所で、連携を生み出す場が必要だと感じています。