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第34回日本エイズ学会(オンライン)レポート

第34回日本エイズ学会学術集会・総会(以下エイズ学会)が、2020年11月27日~12月25日の日程で、開催されました。今回は、新型コロナウィルス(COVID-19)感染症の拡大により、Web上でライブ及びオンデマンドの配信のみの形式で開催されました。

テーマは「進化を続ける抗HIV薬~Prevention,Treatment,and Beyond~」です。

 やはり新型コロナウィルス(COVID-19)感染症の影響が大きく、シンポジウムもコロナ禍での感染予防、診療に着目をおいたものが目立ちました。

COVID-19感染症とHIV感染症の比較

 新型コロナウィルス感染症は、人々の生活様式を大きく変化させました。全社会的に行動の自粛が要請され、自粛しない人達を糾弾する「自粛警察」の出現や、感染してしまった人への差別的な言動も見られました。その混乱ぶりは1980年代のHIV感染拡大の始まりの頃に似ています。

 当時、HIVの対策を進めたところ、予防・検査・診断・治療などの医療的な対策以外にも、感染した人の人権擁護なども必要とされ、社会に対する多角的なアプローチが必要なことが明らかになりました。特にMSMや性風俗従事者、薬物乱用者が参画し、予防が必要な人や感染している人への支援、及び差別解消などの活動を推進し、対策を進めてきました。

COVID-19対策も、感染症という点ではHIVと類似した事象が発生しているといえますが、残念ながらHIV対策で得た多くの経験や知識が、COVID-19対策に活かされているとは言い難い状況です。

 2020年の国際エイズ会議(AIDS 2020)でも、社会におけるCOVID-19とHIVの相違について数多く議論され、HIV対策の多大な実績と経験はCOVID-19に応用されるべきだという指摘がしばしばあったそうです。日本でも、市民団体、HIVに感染している人達、研究者など、全国32の組織・個人が、「HIV対策で学んできたことを活かし、市民の視点に立ったCOVID-19対策を実現すること」を求める要望書を、2020年5月15日、厚生労働省に提出しました。ふれんどりーKOBEも賛同し、参加しています。

要望事項

  1. HIV/エイズの予防対策や治療への影響の現状把握と改善に向けた取り組みを行うこと、新型コロナウィルス感染症の流行が長期化する場合への対策を準備すること
  2. 新型コロナウィルスに感染した人及びその周囲の人々の人権を守り、差別・偏見をなくすべく手段をつくすこと
  3. クラスター対策等での個人情報の収集については、市民との合意形成を重視し、常態化を避けること
  4. 社会において脆弱性をもつ人々の背景に考慮し、当事者参加型による啓発・支援の対策を構築すること

引用:https://ptokyo.org/news/12643

COVID-19によるHIV検査の影響

 COVID-19は、HIVの検査にも影響を及ぼしました。保健所をはじめとしたHIV検査を実施している診療所で、検査が休止・縮小され、検査機会が大幅に減少しています。また、検査を控える人もいて、今年の検査数は昨年に比べ大幅に減少しています。保健所がCOVID-19対策に追われたため、HIV啓発・対策の優先度を下げざるを得ない状況となり、市民団体が行っていた街頭啓発活動ややコミュニティスペースなど人の集まる場所での啓発活動が休止に追い込まれました。ふれんどりーKOBEも、毎年行っていたHIV啓発リーフレットの街頭配布活動を休止しました。
 HIVの検査や啓発、感染している人の支援は今後も必要ですが、従来と同じ方法では継続的ないため、模索が続いています。ふれんどりーKOBEでも、人と人とが会えない状況では、SNSやインターネットを使った使った啓発が必要だと考えていますが、ポスターやリーフレットのように多くの人に発信したい場合、効果の面で紙媒体に劣るため模索を続けています。

HIV診療とおくすりへの影響

 COVID-19感染症の治療をHIV診療を行う病院が担いました。そのため、医療者はHIVに感染している人の診療拒否が増加すると危惧していました。実際に、HIVに感染している人の中には「基礎疾患がある」という点から、極力外出を控え、人との接触をしないようにCOVID-19対策を行っている人もいました。

 こういった双方の不安に対し、多くのHIVの治療を行う病院では、病状が安定しているなど特定の条件を満たしていれば希望により電話で診療したり、薬局と連携して治療に必要な薬剤を郵送するなど、HIVに感染している人が外出しなくても治療が継続できるよう対策されていました。

HIVの治療は、病状の指標値となるRNA量や、CD4値などが安定していれば、2~3ヶ月ごとの通院であることが多く、治療を受ける方は、治療薬の予備を持っている方が多いので、比較的に対応しやすかったようです。さらに、HIVの診療は、病院の中でも感染症を専門に扱う診療科で行われていることがほとんどで、COVID-19に関係なく、元々感染症対策がしっかりとられており、大きな影響を受けずに診療体制を維持できていたようです。

今回の学会で発表のあった東北の病院では、東日本大震災の教訓から、災害時や診療出来ない状況でも服薬を継続できるよう、HIV治療薬を取り扱う薬局を増やし、おくすりを入手しやすい体制を作っていたため、コロナ禍ではそれが機能したという報告がありました。非常時でもHIVの治療を継続出来る環境が整っていることはHIVに感染している人にとって安心につながり、重要です

 一方で、「もしかしたらHIVに感染しているかもしれないけど、検査に行けない。」という人や、HIVに感染していて状態が安定しておらず、電話診療だけでは不十分な状態の人もおり、早期発見の妨げや、治療中断につながる懸念はあります。実際に高熱が続き、COVID-19感染の可能性が疑われて受診した人がHIVに感染していたり、息苦しさを訴えた人がエイズ発症の指針の一つである、ニューモシスチス肺炎に感染していた事例も報告されています。

検査・予防啓発への影響

COVID-19により外出や人との接触が社会的に制限され、従来のような多数の人への予防啓発は出来ない、性感染症の検査も縮小・休止に追い込まれるなど、HIVの検査や啓発には大きな影響がありました。

特に懸念されていたのは、これまでもHIV対策が脆弱だった人たちがより脆弱になっていることでした。検査機会や啓発に触れる機会が減少する中、検査統計や新規感染者の動向も従来と社会環境が異なるため、信ぴょう性が揺らいでおり、各種報告の数値には表れない新しくHIVに感染している人が増えっているという懸念もあります。

行動制限など、今までに経験したことのない社会変化が、HIVを取り巻く環境に、今後どのように影響するのか予測が難しく、新たな問題が発生する可能性もあります。まだ数年は続くと予想されるCOVID-19による社会の変化に、いかに対応していくか、行政、市民団体、医療従事者、そして感染確率が高いとされている個別施策層、が連携・協力して対策を行う必要があると考えます。

コンドームを使わない予防:PrEP(プレップ)

PrEPも数年前に比べるとMSMなど個別施策層では、ある程度知っている人も増えてきて、相談室にもPrEPの相談に来る人も増えてきています。

国際的にHIVの予防薬とされているツルバダですが、日本では予防薬として認可はされていない上、健康保険が適用されても1錠4000円弱と価格が高く、予防には保険が適用されないため、さらに高くなります。現在PrEPを実施している人の多くは、個人輸入でジェネリック品を購入しています。そのため、正しい服薬方法がわからず効果が発揮されていなかったり、副作用の有無や状態を調べるために定期的な医療機関への受信が必要な事や、HIV以外の性感染症の予防ができないことなど、正しく実施されているか不明瞭な部分が多く、いい加減な服薬を続けて、薬剤耐性ウィルスの出現も懸念されます。

PrEPの相談に来る人も、感染予防の方法だとは聞いているが、実際に内容をよく知らない人が多いようです。また、PrEPをしていた人がHIV感染していた例もあり、開始前の検査の必要性など課題はまだまだ多いです。

これだけ、周知されてきて、個人的に始める人が増えているため、PrEPの正しい知識、服薬方法を知ってもらい、医療機関へつなげる活動の必要性があります。また、PrEPを推奨している病院では、病院で薬を海外から入手し、PrEP希望者に検査とセットで提供を2020年から開始していました。また、COVID-19の影響で厚生労働省が初診時も含め、オンライン診療・電話診療を時限的に容認したので、遠方の人でも初診から提供が可能になり、検査には郵送検査を用いて、薬も郵送する形をとられていました。

比較的に安価で安全に自由診療としてPrEPが行える環境が作られつつあることは、HIV新規感染者を減らすことにつながります。PrEPを開始したくても、金銭面や安全性の懸念でできない人も多くいると思われます。最終的に保険診療でPrEPが行えるようになれば、さらにPrEPを開始する人は増えるでしょう。

U=Uの提唱から2年後

 2018年にU=Uが提唱されて2年が経過しています。抗HIV治療ガイドラインの最新版にも明記されました。U=Uの社会的認知は、一般的には3割程度ですが、MSMでコミュニティセンターの利用者の間では8~9割の人が知っているようで、特に関わりの深い人々の間ではよく知られているようです。そういった中で現在、医療従事者や予防啓発コミュニティが抱える不安や懸念などが報告されていました。

 U=Uには前提条件が多数あり、これらを正確に伝えるのが難しく、さらにU=Uは早期発見/早期治療により、他の人に感染させないことを謳っているのに対し、現在の日本では早期治療が不十分な状況で、U=Uを強く言えないこと。今までのコンドームの常用による感染予防を進めてきた活動を後退させる可能性があること、もうコンドームを使わなくてよいと誤解を与える、といった懸念がありました。近年、特に若いMSMの間でコンドーム使用率が低下傾向にあります。

 U=U前は、HIVに感染している人がMSMのコミュニティでHIVを拡散させているという偏見や、HIVに感染したら性交渉が出来ない、仕事も恋愛も諦めなければいけない、といった不安がありました。そういったHIVに感染することによるネガティブな影響をU=Uは軽減・払拭できる可能性があり、HIVに感染している人へのメンタルヘルスに関する高い効果が期待されています。

 しかし、実際のところ、相手がU=Uのことを知らない場合も多く、自分がにHIV感染していることのカミングアウトへの抵抗は軽減されていないようです。さらに、ゲイバーやコミュニティセンターを利用しない人、中高年層、バイセクシャル男性、既婚のMSMなど、U=Uの正しい情報が伝わっていない人たちも多数いると考えられます。特に地方都市では、コミュニティーセンターやゲイバーといった施設がなく、U=Uを正しく広めることが難しいようです。